本当に価値のあるものとは何なのか?『独りでいるより優しくて』イーユン・リー

独りでいるより優しくて

久しぶりに長い読書だった。

Amazon内容解説

一人の女子大生が毒を飲んだ。自殺か、他殺か、あるいは事故なのか。
事件に関わった当時高校生の三人の若者は、その後の長い人生を毒に少しずつ冒されるように壊されていく―凍えるような孤独と温かな優しさを同時に秘めたイーユン・リーの新作長編。

 

読んでる途中はミステリーと思ってなかったが
後半で真相が明らかになるにつれ
事件を中心に描かれた人間関係と共に
登場人物それぞの境遇に追いやった原因を知りたくなる。

事件が起きる前後の高校生と
現代彼らを交互に描く。

 

訳者あとがきに

市井の人々の普遍的な日常の暮らしを豊かに描く筆致も健在で、
ところどころに織り込まれる土地の匂いや季節の彩りや
時代の空気の描写が彼女らしい色調を帯びていることに、
ほっとするのではないだろうか。

とある。

 

天安門事件当時の混乱した北京
その後、姿形をかえて急速に発展する。

そこから離れて、アメリカに渡り
各都市で長い時間が流れた2人の女性の物語。

行ったことのない都市なのに
著者の文章で、登場人物と同じように
新しい都市に馴染めない感じや
懐かしい故郷を思い出すような感覚になる。

最近読んでいた軽めの小説と違って
一文一文が読みやすいわけではないのに
読み飛ばしたら大事なものに触れそびれるのではないかという恐れで
じっくりじっくり丁寧に読んだ。

 

例えば、

彼女が独り身をなんとか乗り切っているように、
同僚は結婚や子育てや昇進や休暇を楽しんだり
乗り切ったりしていると思っていた。
他の人にないものを持っているからというだけで自分の方が上とか、
ましてや違うなどと考えるのは愚かだ。
家庭生活のにぎやかさも独り身の暮らしの手がたさも
(どちらも勇気ある決断か、あるいは臆病の決断だが)
結局のところ、人の心が棲む不可解な深い孤独にはほとんど影響しない。

 

ふむ。

インテリといえばそれまでだけど
なんとなく諦めに近い
だけど、もがいた後にたどり着いた安心できる場所。

全編を通して、そういう空気が漂っている。

 

心弾むような笑顔が自然と出てくるようなエピソードなんて一つもなく
期待もなく、わざわざ絶望もしない登場人物たちが
闇を抱え続けながらも、なんとなく温かい居場所が
それぞれの悲しい思い出や周りの理解し得ない人々との繋がりの中に
潜んでいる。

 

永住権目的で結婚・離婚をしたのではないかと
中傷されるシーンで以下のように語る。

自分を計算高い人間だと思ったことはないが、
それは自分がそれよりましな人間だからではなく、
人生には策を弄する価値のあるものなど何も見つからないからだ。
彼女は ほとんど何も求めず、与えられるものがさらに少なくてもそれでよかった。
でも、少ししか求めないこと、何も求めないことは、結局のところ一種の欲深さなのであり、
夫はそれを受け入れられなかったのだ。

 

きっと、こういう考え方の人が周りにいたら
残念な気持ちになり、おせっかいしたくなるか距離を置くかのどっちかだ。

感情的にプラスにもマイナスにも振れ
日々奮闘している自分が馬鹿らしく感じるだろう。

だけど、冷静にこういう文章を読んでみると
自分にもきちんと理解できているのだ。
右を向いたって左を向いたって同じだとういうことを。

理解すると、生きる気力が失われそうで
気づかないふりをしているだけなのかもしれない。

人との関係を通してでしか自己を型取れず
そして、その境界線がわからなくなる。

 

どこからが借り物で、どこからが本当の自分なのか。

本当に価値のあるものとは何なのか?

読めば読むほど、ふーーーっと息を吐きながら
考えさせられる本だった。

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